新たな匠の世界へ

中込 敏夫

 私は手工品に対して、とても深い愛着を抱いている。人が人のために自らの手を使ってモノを作り上げていくということ。右利きの場合、多くは左手で固定して右手で細工を施す場合が多いが、それであっても左右の手が、その意思のみにコントロールされるだけではない自由自在な、また絶妙な動きを醸し出す様は何とも不可思議なものである。そしてその繰り返しによる作業の中で、単なる物質に気が込められ、精神が写され、完成へと導かれていくのである。

 私が考える手工品の中でも、最も美しく機能的に思えるものの代表が「バイオリン」である。木材と膠、ニス、そして弦という極めて単純な構成にも関わらず、完璧な機能形態を持ち、そして震えるほどの感動的な音色を奏でる極めてシンプルかつ機能的な手工品である。全て人の手により作られるが、木材を切り出し、寝かせ、削り出すという行程で製作が実行される。17世紀に作り出されたストラディバリウスやグァルネリといった名器を、現在なお超えることができないところに、このバイオリンの魔性というものを感じざるおえない。

 そしてこのバイオリンに匹敵する代表的なものに「日本刀」がある。これは恐ろしいまでの日本的な鉄というものに対する考え方と実践が生み出した執念の傑作である。他の鉄を用いた製品との大きな違いは、一度も鉄を溶解せずに鍛錬のみで製作する、ということである。使用する鉄は、日本古来の方法で行われる「たたら製鉄」により生み出される玉鋼のみが使用を許される。炭素含有量により、刃の部分と中心部に選別され、さらにそれらを繰り返し鍛錬により成形、そして叩き出し(火造り)のみで完成形へと導いていく。日本刀の地肌に現れる細かな形状は、一度も溶解せずに鍛錬のみで形成されたものの証であり、最終的に精緻な焼き入れ作業により刃紋が形成される。武器という主体性を持ちながらも、そこに宿る魂は、日本の歴史と文化、そして精神をまさに写していると思われるが、実際に目の当たりにすると、その中に込められた魂を感じざるおえない。

 私が業としている歯科技工士は、歯の欠損を補うために種々の材料を用いて加工し、補綴歯を製作するものである。私自身は補綴や治療とは、患者に対する「手当て」であると結論づけている。そしてその「手当て」というものを作業として捉えた時、まさに手工品を製作する過程の中での、気、そして精神の写しというものが行われていくのである。単に物質を形成するだけで良いのであれば、現代ではコンピューターを用いて削り出し、また3Dプリンターなどで加工をしたものを使用すれば良いだろう。しかし重複するが、あくまでも「手当て」なのである。

 本スタディグループ「CK.Party」で論じられているコバルトコーヌスは手工品であり、全て人の手で製作されている。鋳造技術、研磨技術、成形技術、重合技術等、およそ歯科技工技術の集大成と言ってもよいだろう。多くの材料や機器類を用いるが、それらは全て人の目、耳そして手指により操作され、学術的根拠は持ちながらも、多くは経験と勘、そしてその創造力から形が決定され完成形へと導かれる。そしてその過程ゆえに一種の魂が宿っていくのである。我々は、自らの製作したものに銘を刻むことは無い。何故ならば、それは患者の体の一部になるものであり、その中に自然と溶け込むものを製作することこそ、それ自体が我々の銘となりうるのである。

 私自身願わくば、いつか日本を代表する手工品として、このコバルトコーヌスが認識されることを望んでいる。

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